非言語的な僕等

冬の寒さは好きではないが
冬になると着るコートは好き

寝不足のまま過ごす一日は好きではないが
そんな日の昼寝は深く眠れて気持ち良い
珈琲も救いのような味がする

色んな好きと嫌いが同居した
自分という器を眺め続けて
分かったような気になれるのは
一体いつになることやら

時には器から溢れる思考も感情も
きっと自分なのだろうから
そもそも自分などという存在を定義しなければ落ち着かないなんて
そんな心持ちの方が間違っているのかもしれない

僕等はそもそも言葉では出来ていないし
言葉で成り立つように作られてもいないから
言葉に当てはめて
定義したつもりになって
色んな事を今までもこれからも
間違い続けていくのだろうなぁ

本日も落書きを読んで下さりありがとうございます。幸か不幸か否が応でも滲み出ていく自分らしさの恐ろしさ、面白さ。