人であれ場所であれ、「遠くへ行ってしまった」と思う時、実は距離を取ったのは自分の方だったんじゃないかとふと思う。
動いていってしまったのが相手だったとしても、見方を変えれば立ち止まっていたのは私なわけで、相手からすれば、離れていったのはあなたなわけで。もちろん実際の距離的な意味に限らず、ね。
きっと世界には人生には、映画で見るような劇的な別れよりも、ゆるやかで静かに離れ離れになっていく、優しい別れのほうがずっと多いんじゃないか。
きっと近くの街で暮らしているはずなのに、きっとあの街で今も暮らしているはずなのに、あるはずなのに、もう何年も会っていない人や、訪れていない場所。
そういう人や場所を、きっと僕らは実は沢山知っている。
そりゃあそうだよねとも思う。だってさ、時間は限られていて、何か大切な物、大好きなものを見つけるた度にそれとの時間、その人との時間をつくっていったら、そりゃあ時と共に入れ替わっていかないと、あっという間に足りなくなっていくものね。
「一日って24時間しか無いんだよ」という台詞が心に響くのは、そういう別れの切なさもちゃんと含まれた美しさが見えるからかもしれない。
本日も落書きを読んでくださりありがとうございます。
好きなことをしよう。好きな人といよう。じゃあその好きなこと、好きな人が増えていったら、僕らはどうしたらいいんだろうか。